大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)236号 判決 1995年11月21日

東京都新宿区榎町72番地

原告

株式会社 カーメイト

同代表者代表取締役

村田隆昭

同訴訟代理人弁理士

澤木誠一

澤木紀一

兵庫県姫路市飾磨区今在家7丁目33番地

参加人

株式会社 アイコ

同代表者代表取締役

石田健

同訴訟代理人弁理士

足立勉

森泰比古

田中敏博

愛知県豊明市前後町鎗ヶ名1834番地の4

被告(脱退)

松井一弘

同訴訟代理人弁理士

足立勉

森泰比古

田中敏博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第19565事件について平成6年8月25日にした審決を取り消す。訴訟費用は参加人の負担とする。」との判決

2  参加人

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁等における手続の経緯

脱退被告は、発明の名称を「タイヤの滑止め装置」とする特許第1741965号(昭和59年8月24日出願、平成3年4月30日出願公告(特公平3-30522号)、平成5年3月15日設定登録。以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であった。原告は、平成5年10月7日、脱退被告を被請求人として、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、平成5年審判第19565事件として審理されたが、平成6年8月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月21日原告に送達された。

参加人は、平成7年4月19日、脱退被告から本件特許権を譲り受け、同年6月26日その旨の登録が経由された。

2  本件発明の要旨

合成樹脂にて線条の一部がタイヤの回転軸に対して斜めに交差するように網状に形成され、しかもタイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された、タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能なタイヤ滑止片と、

該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結するための第1連結具と、

タイヤ滑止片を複数枚連結したタイヤ滑止帯の両端を連結して無端状タイヤ滑止帯とするための係脱可能な第2連結具と、

無端状に連結してタイヤの外周を覆った複数枚のタイヤ滑止片のタイヤ表側辺をタイヤの中心方向に引張って前記タイヤ滑止片をタイヤ外周に密着させる弾性材からなる締付具、

とのそれぞれを備えることを特徴とするタイヤ滑止め装置。

(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  請求人(原告)の主張

請求人の主張は、本件発明は甲第1号証ないし第4号証(本訴における甲第3号証ないし第6号証。以下、本訴における書証番号により表示する。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易になし得た発明であるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法123条1項1号により無効とすべきものであるというものである。

(3)  甲第3号証ないし第6号証の記載事項

<1> 甲第3号証

ゴムにて線状の一部がタイヤの回転軸に対して斜めに交差するように網状に形成されたネット本体1と、連結環3に串差しされた緊締ロープ4と、無端状に装着してタイヤの外周を覆ったネット本体のタイヤ表側辺をタイヤの中心方向に引張って前記ネット本体をタイヤ外周に密着させる緊締ロープからなる締付具とのそれぞれを備えるタイヤ滑止め装置。(別紙図面2参照)

<2> 甲第4号証

ゴムにて線状の一部がタイヤの回転軸に対して斜めに交差するように網状に形成されたタイヤ滑止帯と、タイヤ滑止帯を無端状タイヤ滑止帯とするためのジョイントバンド部と、内側締付けロープと、無端状に連結してタイヤの外周を覆ったタイヤ滑止帯のタイヤ表側辺をタイヤの中心方向に引張って前記タイヤ滑止帯をタイヤ外周に密着させる弾性材からなるゴムバンドとのそれぞれを備えるタイヤ滑止め装置。

<3> 甲第5号証

タイヤ3のトレッド4、肩5よりタイヤ最大巾部に至る側面6に当接してこれを覆うようにされた断面U字形で側面円弧形に形成されたシュー1と、複数個のシュー1を相互に間隔をおいて装着すると共に、シュー1相互を緩く連結する連結部材2と、シュー1をタイヤの中心方向に引張ってシュー1を車軸部に緊締するバネ12からなる締付具とのそれぞれを備えるタイヤ滑止め装置。

<4> 甲第6号証

タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能な古タイヤよりなる複数個の弧状単体と、該弧状単体をタイヤの外周に対応して複数枚を連結するための連結部材2と、弧状単体を複数枚連結したタイヤ滑止帯の両端を連結して無端状タイヤ滑止帯とするための係脱可能な締付部材とのそれぞれを備えたタイヤ滑止め装置。

(4)  判断

<1> 本件発明における「タイヤ滑止片」は、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された、タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能」に構成されている。すなわち、本件発明に係るタイヤ滑止め装置の構成単位をなす「タイヤ滑止片」は、車両タイヤの裏側に位置することになる側縁が、あたかも裏側短絡片で締付けられたかのように既に形成されている。

そこで、本件発明に係るタイヤ滑止め装置においては、車両タイヤへの装着時にも、タイヤ裏側においては締結用ロープの引締操作が必要でない。

<2> これに対し、甲第4号証のタイヤ滑止めチェーンは、(a)タイヤ周長の長さを有したものであって、「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能なタイヤ滑止片」に分割した構造を有していない。その結果当然のことながら、「タイヤ滑止片を、第1連結具で複数枚連結したタイヤ滑止帯」とする構成を有していない。また、(b)「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された」構成を有していない。なお、(c)甲第4号証のタイヤ滑止めチェーンにおける内側締付けロープは、チェーン装着時に、タイヤの外側に最後に取り付けるゴムバンドと同様にチェーン側縁をタイヤ裏側で絞る(締付ける)ための部品にすぎず、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続する」ために使用されているものではない。すなわち、その内側締付けロープは本件発明の裏側短絡片とは機能が相違しており、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を示唆しているものでもない。

<3> 甲第3号証に記載されたタイヤ滑止め装置も甲第4号証と同様に、タイヤ周長の長さを有したものであって「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能なタイヤ滑止片」に分割した構造を有していない。また、「タイヤ滑止片を、第1連結具で複数枚連結したタイヤ滑止帯」とする構成、及び、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有していない。

<4> 甲第6号証には、「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能な古タイヤよりなる複数個の弧状単体と、該弧状単体をタイヤの外周に対応して複数枚を連結するための連結部材2と、弧状単体を複数枚連結したタイヤ滑止帯の両端を連結して無端状タイヤ滑止帯とするための係脱可能な締付部材とのそれぞれを備えたタイヤ滑止め装置。」が記載されている。

甲第6号証には、タイヤ滑止め装置を「弧状単体」として分割構成すると共に、「弧状単体」を車両タイヤの形状に倣った形に予め構成しておくことが開示されている。しかしながら、その「弧状単体」は車両のタイヤの形状に倣った形に構成されてはいるとはいうものの、その「弧状単体」がそもそもゴムタイヤに類似したものであって、網状に形成したタイヤ滑止帯を、締結用ロープで絞って装着するタイプのものではなく、網状のタイヤ滑止片を「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」に形成することを開示していない。したがって、タイヤ滑止片を「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構造」に構成することは、甲第6号証記載のものから容易に想到できたものではない。

また、本件発明において「第1連結具で、該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結した」点は、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」としたものに適用した技術であるから、その点も網状タイプとは基本構成を異にするゴムタイヤ形態の滑止め装置から容易に想到できたものではない。

<5> 甲第5号証に記載されたタイヤ滑止め装置も、分割タイプのものではあるが、甲第6号証に記載されているタイヤ滑止め装置と同様にゴムタイヤ形態のタイヤ滑止め装置であって、やはり、網状タイプのタイヤ滑止め装置とは基本的構造を異にしており、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」に形成すること、及び、「第1連結具で、該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結する」ことを開示していない。

<6> 以上のとおりであるから、甲第4号証のパンフレットの頒布性、又は同パンフレットに記載されたタイヤ滑止め装置の公知性について検討するまでもなく、本件発明は、甲第3号証ないし第6号証の記載もしくは公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)<1>は認める。同(4)<2>(a)は認め、同(b)、(c)は争う。同(4)<3>のうち、甲第3号証記載のタイヤ滑止め装置が、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有していないとの点は争い、その余は認める。同(4)<4>は認める。同(4)<5>のうち、甲第5号証が、「第1連結具で、該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結する」ことを開示していないとの点は争い、その余は認める。同(4)<6>は争う。

審決は、甲第3号証ないし第5号証の記載事項の認定を誤り、その結果、本件発明の進歩性についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  甲各号証の記載事項の誤認

<1> 甲第3号証について

甲第3号証には、「一側の連結環(3)・・・はこれらに亘り串差された緊締ロープ(4)と固着している。」(3頁10行、11行)、「次にタイヤ(A)への装着状態について説明すると、一端のジョイントバンド(1C)を他端側に返して格子目内に通し、ネット本体(1)をリング状に接続した後、連結フック(5)を緊締ロープ(4)に掛止せしめると共に同ロープ端のフック(6)をロープ端環(7)に掛止し、然る後タイヤ(A)に被せ、各連結フック(5a)に亘り緊締ロープ(8)を掛懸して装着する。」(3頁16行ないし4頁2行)と記載されている。

上記記載は、ネット本体がタイヤ(A)に被される前に緊締ロープ(4)が一側の連結環(3)に串差された状態で連結環(3)に固着されていること、そして、緊締ロープ(4)の一端のフック(6)を他端のロープ端環(7)に掛止し、したがって、この一側がリング状とされた後タイヤ(A)に被せるものであり、この一側部分はタイヤ(A)に被せた後緊締されるものではないことを示している。このようなネットは、タイヤ(A)に被せた後は、甲第3号証の第2図、第3図に示すように、上記緊締ロープ(4)の位置する一側と緊締ロープ(8)の位置する他側の直径が当然タイヤ(A)の外周の直径より小さく縮径された状態にあり、このことは、ネットの上記一側がネットをタイヤ(A)に被せる前に既に緊締ロープ(4)によって縮径された状態にあることを意味している。

したがって、甲第3号証に記載されたタイヤ滑止め装置は、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有していないとした審決の認定は誤りである。

<2> 甲第4号証について

甲第4号証記載のタイヤ滑止めチェーンにおいては、内側締付けロープは、網状のタイヤ滑止帯の内側をタイヤに装着した際、タイヤの裏側と係合するよう予め中央部より短く短絡せしめている。

したがって、甲第4号証記載のタイヤ滑止めチェーンは、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有していないし、また、内側締付けロープは本件発明の裏側短絡片とは機能が相違しており、上記構成を示唆しているものでもないとした審決の認定は誤りである。

<3> 甲第5号証について

甲第5号証中の「図中2は複数のシュー1を相互に緩く連結するための連結部材」(3頁1行ないし3行)との記載及び第1図より明らかなとおり、甲第5号証は、「連結具で該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結する」構成を開示している。

したがって、甲第5号証は、「第1の連結具で、該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結する」ことを開示していないとした審決の認定は誤りである。

(2)  進歩性の判断の誤り

上記のとおり、甲第3号証記載のタイヤ滑止め装置(タイヤ用滑り止めネット)では、ネットの裏側は緊締ロープ(4)が連結環(3)に固着され、ネットをタイヤ(A)に被せる前に既に縮径されており、タイヤへの装着時緊締ロープ(4)による引締操作は不要なものである。また、甲第4号証記載のタイヤ滑止め装置(タイヤ滑止めチェーン)では、内側締付けロープがBフックに固着され、網状のタイヤ滑止帯の内側を中央部より短く短絡せしめている。

本件発明と甲第3号証及び第4号証記載のタイヤ滑止め装置とを対比すると、本件発明では、滑止めを複数枚に分割して接続しているのに対して、上記甲各号証記載のものはそのようになっていない点で相違するだけで、その余の構成は一致している。

しかし、滑止めを複数枚に分割して接続することは、甲第5号証及び第6号証に示されている。すなわち、甲第5号証記載のタイヤ滑止め装置では、複数の滑止めシューを連結部で互いに連結して無端状のタイヤ滑止帯としており、甲第6号証記載のタイヤ滑止め装置では、複数個の弧状単体を連結部材で互いに連結して無端状のタイヤ滑止帯としている。

したがって、甲第3号証、第4号証に記載されているタイヤ滑止めを、甲第5号証、第6号証に記載のもののように複数に分割して、本件発明のタイヤ滑止め装置を構成することは、当業者にとって容易になし得る程度のものであり、これに反する審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)<1>  甲第3号証記載のものにおいて、タイヤ装着前の緊締ロープ(4)の長さはネット本体(1)の中央部と略同じ長さであり(第1図)、タイヤに装着する際に緊締ロープ(4)の両端を接続し、斜め格子状のネット本体(1)を長手方向すなわちタイヤの円周方向に拡開して伸長すれば、タイヤ装着後の緊締ロープ(4)の長さはタイヤ装着前のままでネット本体(1)の中央部の長さが長く伸びた状態となる(第2、第3図)。このことは、第2図におけるネット本体(1)の斜め格子状(ひし形)が第1図のそれよりもタイヤの円周方向に伸びた様子に記載されていることからも裏付けられる。

したがって、タイヤ装置前の緊締ロープ(4)の長さがネット本体(1)の中央部より短くなければならない合理的な理由がなく、タイヤ装着前の緊締ロープ(4)は、第1図に示されるとおりネット本体(1)の中央部と略同じ長さであるとしか読み取れないため、この点で本件発明の裏側短絡片と相違する。

仮にタイヤ装着前の緊締ロープ(4)の長さがネット本体(1)の中央部より短く接続されているとしても、緊締ロープ(4)はネット本体(1)の側縁がタイヤの裏側に適合する立体形状を維持するように側縁を縮めるものではなく、側縁をタイヤの裏側と係合するように接続しているわけではないから、この点で本件発明の裏側短絡片と相違する。

<2>  甲第4号証記載のものにおける内側締付けロープは、チェーン装着時に、タイヤの表側に最後に取り付けるゴムバンドと同様にチェーン側縁を裏側で絞っておくための部品にすぎず、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続するもの」として使用されているわけではなく、甲第4号証の記載事項についての審決の認定に誤りはない。

(2)  上記のとおり、甲第3号証及び第4号証には、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続した構成」が記載されておらず、その構成を示唆する記載すら存在しない。

したがって、甲第3号証又は第4号証に記載されているタイヤ滑止め装置を、甲第5号証又は第6号証に記載のもののように複数に分割したとしても、到底容易に本件発明をなし得たものではない。

そもそも、甲第3号証又は第4号証記載のものと、甲第5号証又は第6号証記載のものとを組み合わせるべき動機づけが存在しないため、両者を組み合わせること自体が当業者にとって容易になし得ないものである。すなわち、甲第3号証及び第4号証に記載されたタイヤ滑止めチェーンは網状ゴム製のタイヤ滑止め装置であって、伸縮容易なものであるから、分割するまでもなくタイヤに装着できるものであるのに対し、甲第5号証及び第6号証記載のものはU字溝を有するタイヤ形態の分割片からなるタイヤ滑止め装置であって、これらは伸縮しないソリッドであるが故に分割片としなければタイヤに装着できないものである。したがって、甲第5号証及び第6号証に記載のタイヤ滑止め装置と甲第3号証及び第4号証に記載されたタイヤ滑止め装置は、基本構成が異なるうえ、課題や作用が全く異なるため、両者を組み合わせるべき動機づけがなく、両者を組み合わせること自体、当業者にとって容易ではない。

第4  証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁等における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)、3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  本件発明の概要

甲第2号証によれば、本件発明は、「従来、タイヤの滑止め装置としては例えば鎖を梯子状に連結したタイヤチェーンがあるが、これは走行中に断続した衝撃があって好ましくない上、特に乾燥路面での走行ではこの衝撃が大きくて運転していられないという欠点があった。この対策として合成樹脂で形成した網状タイヤ滑止帯をタイヤ外周に被せる方法もあるが、この場合、走行中の衝撃が少ない反面、一体成形のため金型が大形になる上、タイヤのサイズ毎に金型が異なるため製造コストが高くなるという欠点があった。」(2欄1行ないし11行)という知見のもとに、「走行中の衝撃が少なく、しかも製造コストが安い上、タイヤサイズの変化に対して調節の容易なタイヤの滑止め装置を得ること」(2欄13行ないし15行)を目的として、本件発明の要旨の構成を採用したものであり、「タイヤ外周長さを任意に分割した長さの合成樹脂製タイヤ滑止片を複数枚連結してタイヤに被せることによって、タイヤ滑止め装置の価格を安くし、しかも、タイヤサイズの変化にも十分に対応させた状態で、走行中の衝撃を少なくすることができる・・・。また・・・各タイヤ滑止片を連結してタイヤに装着する際の作業性を向上できる。」(5欄10行ないし6欄1行)などの効果を奏するものであることが認められる。

3  取消事由に対する判断

(1)  甲第3号証ないし第6号証に審決摘示の各事項が記載されていること、本件発明に係るタイヤ滑止め装置の構成単位をなす「タイヤ滑止片」は、車両タイヤの裏側に位置することになる側縁が、あたかも裏側短絡片で締付けられたかのように既に形成されていて、車両タイヤへの装着時にも、タイヤ裏側においては締結用ロープの引締操作が必要でないこと、甲第3号証記載のタイヤ滑止め装置及び甲第4号証記載のタイヤ滑止めチェーンはいずれも、タイヤ周長の長さを有したものであって、「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能なタイヤ滑止片」に分割した構造、「タイヤ滑止片を、第1連結具で複数枚連結したタイヤ滑止帯」とする構成を有していないこと、甲第6号証には、タイヤ滑止め装置を「弧状単体」として分割構成すると共に、「弧状単体」を車両タイヤの形状に倣った形に予め構成しておくことが開示されているが、「弧状単体」はゴムタイヤに類似したものであって、網状に形成したタイヤ滑止帯を締結用ロープで絞って装着するタイプのものではなく、網状のタイヤ滑止片を「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」に形成することを開示しておらず、タイヤ滑止片を上記のように構成することは、甲第6号証記載のものから容易に想到できたものではなく、また、本件発明の「第1連結具で、該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結した」点も、網状タイプとは基本構成を異にするゴムタイヤ形態の滑止め装置から容易に想到できたものではないこと、甲第5号証に記載のタイヤ滑止め装置は、分割タイプのものではあるが、ゴムタイヤ形態のタイヤ滑止め装置であって、網状タイプのタイヤ滑止め装置とは基本的構造を異にしており、同号証は、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」に形成することを開示していないこと、以上の事実については、当事者間に争いがない。

(2)  まず、甲第3号証、第4号証記載のタイヤ滑止め装置が「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有しているか否かについて検討する。

<1>  甲第4号証は日産自動車株式会社発行の「日産純正スーパーサイルチェーン取扱説明書」であり、同号証には、「ゴムにて線状の一部がタイヤの回転軸に対して斜めに交差するように網状に形成されたタイヤ滑止帯と、タイヤ滑止帯を無端状タイヤ滑止帯とするためのジョイントバンド部と、内側締付けロープと、無端状に連結してタイヤの外周を覆ったタイヤ滑止帯のタイヤ表側辺をタイヤの中心方向に引張って前記タイヤ滑止帯をタイヤ外周に密着させる弾性材からなるゴムバンドとのそれぞれを備えるタイヤ滑止め装置。」が記載されているが(このことは当事者間に争いがない。)、同装置の構造についてそれ以上の具体的な説明はなく、また、同号証の図面等を精査しても、上記内側締付けロープが、網状に形成されたタイヤ滑止帯の内側を、タイヤに装着した際タイヤの裏側と係合するよう、予め中央部より短く接続するために用いられているものと認定することはできない。

したがって、甲第4号証記載のタイヤ滑止め装置は、「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有しているものということはできないし、また、同号証に上記構成が示唆されているということもできない。

<2>(a)  甲第3号証は実願昭56-49712号(実開昭57-161504号)のマイクロフィルムであり、同号証には、「ゴムにて線状の一部がタイヤの回転軸に対して斜めに交差するように網状に形成されたネット本体1と、連結環3に串差しされた緊締ロープ4と、無端状に装着してタイヤの外周を覆ったネット本体のタイヤ表側辺をタイヤの中心方向に引張って前記ネット本体をタイヤ外周に密着させる緊締ロープからなる締付具とのそれぞれを備えるタイヤ滑止め装置。」が記載されている(このことは当事者間に争いがない。)。

ところで、甲第3号証の第1図(同号証の実施例を示す展開図)には、ネット本体(1)の中央部と一方の側縁及び緊締ロープ(4)とがほぼ同じ長さのものが示されているが、第3図(ネットをタイヤに装着したものの縦断面図)には、緊締ロープ(4)が緊締ロープ(8)と同様にタイヤの内径に沿って配置されているものが示されており、このことからすると、緊締ロープ(4)と緊締ロープ(8)は等しい長さを持つものであると推認されるところ、第2図によれば、緊締ロープ(8)がネット本体(1)の中央部の長さより短いことは明らかであるから、緊締ロープ(4)もネット本体(1)の中央部の長さより短いものと考えられる。上記の点と、甲第3号証中の「両側の帯部(1b)には連結環(3)・・・、(3a)・・・が夫々止着されており、一側の連結環(3)・・・はこれらに串差された緊締ロープ(4)と固着している。」(3頁9行ないし11行)、「次にタイヤ(A)への装着状態について説明すると、一端のジョイントバンド(1C)を他端側に返して格子目内に通し、ネット本体(1)をリング状に接続した後、連結フック(5)を緊締ロープ(4)に掛止せしめると共に同ロープ端のフック(6)をロープ端環(7)に掛止し、然る後タイヤ(A)に被せ、各連結フック(5a)に亘り緊締ロープ(8)を掛懸して装着する。」(3頁16行ないし4頁2行)との記載を併せ考えると、甲第3号証記載のタイヤ滑止め装置は、ネット本体(1)の一方の側縁の線状部分が緊締ロープ(4)によって中央部より短く接続されている蓋然性は高いものと認めるのが相当である。

したがって、甲第3号証記載のタイヤ滑止め装置が「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有していないということはできず、この点についての審決の認定は誤っているものといわざるを得ない。

(b)  参加人は、甲第3号証記載のものにおいて、タイヤ装着前の緊締ロープ(4)の長さはネット本体(1)の中央部と略同じ長さであり、タイヤに装着する際に緊締ロープ(4)の両端を接続し、斜め格子状のネット本体(1)を長手方向すなわちタイヤの円周方向に拡開して伸長すれば、タイヤ装着後の緊締ロープ(4)の長さはタイヤ装着前のままでネット本体(1)の中央部の長さが長く伸びた状態となるのであり、このことは、第2図におけるネット本体(1)の斜め格子状(ひし形)が第1図のそれよりもタイヤの円周方向に伸びた様子に記載されていることからも裏付けられる旨、また、仮にタイヤ装着前の緊締ロープ(4)の長さがネット本体(1)の中央部より短く接続されているとしても、緊締ロープ(4)はネット本体(1)の側縁がタイヤの裏側に適合する立体形状を維持するように側縁を縮めるものではなく、側縁をタイヤの裏側と係合するように接続しているわけではないから、この点で本件発明の裏側短絡片と相違する旨主張する。

しかし、緊締ロープ(4)がネット本体(1)の中央部と略同じ長さであると認め難いことは上記のとおりである。

そして、甲第3号証には、「従来のゴム製表面のネットは、・・・特徴を持つ。しかし乍ら、その一方では単純な斜め格子状姿態であるが故に、長手方向すなわちタイヤの円周方向に拡開および縮小動作自在であり、その結果として、使用時には路面抵抗を受けてタイヤと路面との間で拡開および縮小して遊び、その遊び分の伝達ロスを生じると共にトレッド面との強圧接状態での摺擦抵抗により、摩耗、損傷が著しい欠点がある。本考案は叙上問題点を解消し、ネット本体の少なくとも両側位置で長手方向に相隣れる交叉部に亘り梁帯部を長手方向に沿い成型したことを特徴とする。」(1頁14行ないし2頁11行)、「本考案は以上のようにして、梁帯部がネット本体の長手方向の拡開縮小動作を阻止しているをもって、タイヤと路面との間で拡開及び縮小動作せず、遊ばず伝達ロスを生じない特徴がある。」(4頁16行ないし19行)と記載されており、これらの記載によれば、甲第3号証記載の考案は、従来のゴム製滑止めネットの上記のような欠点を解消するために、ネット本体の長手方向の拡開縮小動作を阻止するべく、滑止用ネットは伸縮し難い構成のものを採用しているものと認められ、このことからすると、甲第3号証記載のタイヤ用滑り止めネットが、引き伸ばしてタイヤへ装着することができる程度の伸縮性を有するものであるかは疑問である。また、甲第3号証の第2図におけるネット本体(1)の斜め格子状が、第1図のそれよりもタイヤの円周方向に伸びた様子に記載されていると即断することもできない。

さらに、緊締ロープ(4)の長さがネット本体(1)の中央部より短く接続されていれば、緊締ロープ(4)はネット本体(1)の側縁がタイヤの裏側に適合する立体形状を維持するように側縁を縮めるものと考えられる。

したがって、参加人の上記主張は採用できない。

<3>  原告は、甲第5号証中の「図中2は複数のシュー1を相互に緩く連結するための連結部材」(3頁1行ないし3行)との記載及び第1図を引用して、審決が、甲第5号証は「第1連結具で、該タイヤ滑止片をタイヤの外周に対応して複数枚帯状に連結する」ことを開示していないと認定したことの誤りを主張するが、審決は、甲第5号証に記載されたタイヤ滑止め装置はゴムタイヤ形態のものであって、本件発明の網状タイプのタイヤ滑止め装置とは基本的構成が異なることから(このことは原告も認めるところである。)、タイヤ滑止片自体の相違を前提にして上記のとおりの認定をしたものであるから、上記認定に誤りがあるとはいえず、原告の上記主張は採用できない。

(3)  そこで進んで、本件発明の進歩性について検討する。

本件発明は、「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能なタイヤ滑止片」、「タイヤ滑止片を、第1連結具で複数枚連結した滑止帯」とする構成を有するものであるのに対し、甲第3号証記載のタイヤ滑止め装置は、タイヤ周長の長さを有したものであって、「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能なタイヤ滑止片」に分割した構成、「タイヤ滑止片を、第1連結具で複数枚連結した滑止帯」とする構成を有していないものであるところ、原告は、滑止めを複数枚に分割して接続することは甲第5号証及び第6号証に記載されているから、甲第3号証、第4号証に記載されているタイヤ滑止めを、甲第5号証、第6号証に記載のもののように複数に分割して、本件発明のタイヤ滑止め装置を構成することは、当業者にとって容易になし得る程度のものである旨主張するので、この点について検討する。

まず、甲第5号証〔実願昭52-126661号(実開昭54-55003号)のマイクロフィルム〕記載の考案は、普通、タイヤ滑止め装置として使用されているタイヤチェーンはスキッドステアリング時にタイヤにねじり力が働きタイヤチェーンが外れるという欠点があることから、この欠点を除去して容易に装着でき、安価なタイヤ滑止め装置を提供することを目的とするものであって(同号証2頁3行ないし8行)、その構成は、「複数の滑止めシュー1が、タイヤのトレッド4、肩5よりタイヤ最大幅部に至る側面6に当接してこれを覆うようにされた断面U字形で側面円弧形の本体7と、該本体の内側に固着され前記タイヤ3のラグ8の間に嵌合させるためのばね12とから成り、前記シューは、複数のタイヤラグ8を覆う円弧長さを有しかつ相互に間隔を置いて装着可能にされている・・・車両のタイヤ滑止め装置。」(実用新案登録請求の範囲)というものである。

ところで、前記2に認定のとおり、本件発明は、タイヤサイズの変化に対して調節の容易なタイヤ滑止め装置を得ることを目的として、網状に形成されたタイヤ滑止帯を、「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能なタイヤ滑止片」に分割しているのに対し、上記のとおり、甲第5号証記載の考案の目的は本件発明における目的と相違しており、また、上記構成によれば、甲第5号証記載のタイヤ滑止め装置は、断面U字形で側面円弧状の本体を有し、その本体の内側に固着された弾性嵌合体をタイヤのラグの間に嵌合させてタイヤと上記本体とを固定するもの、つまり、タイヤと一体的に固定されるものであり、したがって、弾性嵌合片の位置及び大きさと、タイヤのラグの位置及び間隔との関係が固定的なものであって、タイヤのサイズに応じて調節可能なものということはできない。

次に、甲第6号証(実公昭53-41844号)記載の考案は、「タイヤチェーン以上の効能を有するとともに、タイヤへの装着を極めて簡単で、かつ装着後の走行性、タイヤへの密着性を良好にした古タイヤ利用によるタイヤカバーを一般に安価に提供することを目的」とするものであり(同号証2欄12行ないし17行)、同号証には、「タイヤの外周任意角度の円弧面に沿って装着可能な古タイヤよりなる複数個の弧状単体と、該弧状単体をタイヤの外周に対応して複数枚を連結するための連結部材2と、弧状単体を複数枚連結したタイヤ滑止帯の両端を連結して無端状タイヤ滑止帯とするための係脱可能な締付部材とのそれぞれを備えたタイヤ滑止め装置(タイヤカバー)。」が記載されている(このことは当事者間に争いがない。)。

上記のとおり、甲第6号証記載の考案の目的は本件発明における前記目的と相違し、また、同号証記載のタイヤカバーはタイヤ滑止め装置を分割構成したものではあるが、古タイヤを利用するものである以上、それを装着できるタイヤの大きさが使用する古タイヤの大きさによって規制されるから、タイヤサイズの変化に対応して調節することができないことは明らかである。

以上のように、甲第5号証、第6号証記載のものは、タイヤ滑止め装置を「複数の滑止めシュー」あるいは「複数個の弧状単体」として、いずれも分割構成としたものであるが、分割構成としたことの目的が本件発明における目的と相違しており、また、上記甲各号証記載の滑止め装置は、いずれもタイヤサイズの変化に対して調節することが不可能であって、本件発明の課題である「タイヤサイズの変化に対して調節の容易なタイヤの滑止め装置を得る」という課題を達成することのできないものであるうえ、本件発明のタイヤ滑止片は、網状に形成され伸縮性を有するものであるのに対し、上記甲各号証に記載された滑止めシュー及び弧状単体はいずれもいわばブロック状に形成され、伸縮性を持たないものであると解されるから、構造上も全く異なるものである。

してみると、甲第5号証及び第6号証に分割された形態のタイヤの滑止め部材が記載されているからといって、これを甲第3号証に記載のものに適用することによって、本件発明の滑止め装置のように構成することが、当業者にとって容易になし得る程度のものとは認め難い。

なお、甲第4号証記載の滑止め装置が「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接読された構成」を有しているものと認め難いことは、前記(2)<1>のとおりであるが、仮に上記構成を有しているとしても、同様に、甲第5号証、第6号証の上記技術事項を適用することによつて、本件発明を容易に想到し得たものとは認められない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(4)  以上のとおりであって、藩決が、甲第3号証記載のタイヤ滑止め装置は「タイヤの外周に沿った一方の側縁がタイヤの裏側と係合するよう該側縁の線状部分が裏側短絡片により中央部より短く接続された構成」を有していないとした点は誤りであるが、「本件発明は、甲第3号証ないし第6号証記載もしくは公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。」とした審決の判断は、その結論において誤りはなく、藩決に取り消すべき違法はないものというべきであって、原告主張の取消事由は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

<省略>

別紙図面2

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例